出産後、また脱毛に通いたいと思っています!

私が脱毛でしたいところは、もちろん脇や脚、腕など目立つところもしたいですが、実際に私が脇や脚などの脱毛をした結果、それより大切なのは自分では手が届かない、背中やお尻などのほうが大切だなと思いました。
脇や脚の脱毛はたしかに面倒ですが、その手間さえ考えなければ自分で処理ができますが、背中の脱毛などは手も届かず、無理にやろうとするとカミソリで怪我をしてしまったりするので自分でやるのも難しいなと思います。
夏に海やプールなどいくと、以外と目立つのが背中の毛です。いくら綺麗なスタイルで可愛い水着を着ても背中に毛が生えているとがっかりしてしまいますよね。
あとは顔の脱毛にも興味があります。朝顔を洗い終わった後やメイク中によく自分の顔を見ると、かなり太い毛が口周りや顎に生えていてぞっとしたことがあります。
顔なので、むやみやたらに自分で剃ったり抜いてしまったりすると、濃くなってしまうんじゃないかと怖くなり、なかなか自分で処理をするのが怖くなってしまいます。

友人が口周りと顎の脱毛をしたそうですが、メイクのノリもよくなったらしく、なにより人と顔が近づいた時にまったく毛のことを気にしなくなり、すごく楽になったという体験談を聞きました。
私は職業柄、接客業のため人と顔が近くなることが非常に多いので、顔の脱毛は今すぐにでもしてみたいとおもいます。ただ、顔をなのでレーザーなどで脱毛をした後に肌にあわずに荒れてしまったり、赤くなったりしてしまうのが少し怖いなと感じます。
後は私は脇と脚の脱毛を実際にしたのですが、2年間やったにも関わらず、少し薄くなった程度でした。そして今では、出産の影響もあるのか完全に元に戻ってしまいました。

しかし母になってもムダ毛は気になります。また脱毛サロンに行くことを検討中なのですが、なるべく安い方が嬉しいです。地元・仙台市にはかなりたくさんの脱毛サロンがあるので、迷ってしまいますが、しっかり調べてカウンセリングに行ってみたいと考えています(´・ω・`)

参考・・・仙台市の医療レーザー脱毛|永久脱毛で安い人気のクリニック・サロン

お勧めの落語紹介

注目

五街道雲助『ずっこけ』

閉店時間となった居酒屋で、ひとり残った酔っ払いが店の小僧を相手に盃を重ねている。小僧は眠くて迷惑がっているが、酔っ払いはいっこうに気にしない。

そこに現れたもうひとりの男。じつは酔っ払いの友達で、「銭湯に行く」といって出掛けたきり帰りの遅い友達を探しに来たのだ。友達にたしなめられて帰る気になった酔っ払いだが、いざ勘定となると一文無し。

「懐が空だから、誰か友達が通りかかって払ってくれるのを待っていた」という。仕方なく友達が担いで帰路についたが、まだ酔っ払いは呑みたがって呑み屋を探したり、尿意を催して公衆便所へ寄ったりとなかなか家に着かない。

ようやく家に辿りついたと思ったら、羽織っていたどてらだけで肝心の「中身」が居ない。友達が慌てて引っ返すと、人だかりがしている。道の真ん中で、素っ裸の酔っ払いが大声を上げて騒いでいるというのだ。

何とかこれを抱えて、家へ連れ戻したが・・・

古い江戸落語だが、上方にも『二日酔い』という似た噺がある。居酒屋で酔っ払いが小僧をからかうくだりを独立させたのが、三代目三遊亭金馬の十八番『居酒屋』。

『ずっこけ』は、戦後は三代目金馬のほか、六代目春風亭柳橋、五代目古今亭志ん生、八代目春風亭柳枝などの大看板が演じた酒の噺の代表的作品だが、最近は演者が少ない。

今回の演者・雲助は現代における代表的演者で、寄席などでよく演じている。この録音では常より大きく演じており、受け方もその分、派手。酔っ払いが「正月が来よが盆が来よが」と唄い出してからの後半は、爆笑の連続になっている。

古今亭菊志ん 『汲みたて』

夏。独り者連中が稽古屋に通い詰めている。美人の女師匠が転んだら食いつこうという物騒な「狼連(おおかみれん)」で、お互いに張り合っている。

ところが、師匠の家事を手伝う与太郎から、「師匠が建具屋の半次と出来ている」と聞いて、連中は怒り心頭。さらに、師匠と半次が大川(隅田川)へ内緒で涼みに行ったと知るや、「俺たちに何の知らせもなく、ふたりきりで涼もうってんなら考えがある!」と、全員揃って船を仕立て、馬鹿囃子の鳴り物を持ちこんで大川へ漕ぎ出す。

一方、半次と師匠は船中でシッポリ。半次が「ひとついい喉を聞かせよう」とすると突然、近所から馬鹿囃子が鳴り出すので、船頭に命じて船を移動させる。

そこで再び唄い出そうとすると、又も馬鹿囃子が!? 近くの船で稽古屋の振られ連中が、夏の日差しに大汗をかきながら馬鹿囃子をしているのだ。半次が怒って怒鳴ると、船同士で喧嘩が始まる。

「糞でも喰らえ!」「喰らうから持ってきやがれ」と罵りあっていると・・・

原話は瀧亭鯉丈の滑稽本『八笑人(はっしょうじん)』にあるほど、古くから江戸に伝わる噺で、川遊びの風景が描かれるあたりが江戸落語では珍しい。

洒落のめした内容の割に演者が少なく、戦後は六代目三遊亭圓生をはじめ、五代目三遊亭圓楽や桂文朝も得意にしていた。今回の演者・菊志んは、古今亭右朝から習っているが、立て弁風にスイスイと運び、振られ連中の馬鹿さ加減を愉しく描き出した。

「それに比べて屋根も無い船で、カンカン照らされて太鼓を叩いてる」という振られ連中の泣き言がじつに可笑しく、与太郎も独特で「デハハハ」と笑いっぱなしなのが珍妙。

 

 

落語って、最初はすごく難しそう…意味が分からなそう…ってイメージがあったんですが、実際に聞いてみたらすごく面白いってことが分かりました。

シンプルな落語から奥深い落語までいろいろとあるので、誰もが楽しめますよね。

これからは落語にはまりそうです。